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どうやら第二の思春期が来たらしい。

見た目はリア充完全武装。心は荒んだクリスタル。アラサー独女の日々。

大人達、タラレバを肯定するな。

 

なんだいきなり。

 

かくかくしかじか紆余曲折あり放置していたこのブログのアクセス数がここ最近安定している(気がする)

いや、正確に言うとわたし自身がブログにアクセスする余裕が出来たと言った方が良いのかもしれない。

放っておいてごめん。

どこのアナタが読んでくれているのでしょう。

放っておいてごめん、だなんて大層上から目線な物言いでごめん。

 

 

いや、色々あったんすよ。

いやまあ見事にホント色々。

聞きたい?

人の不幸は楽しいものだからこれ読んで、ああまだ下がいるんだと思ったりとかして楽しめばいいと思う。

 

父の死

姉の急病

母の発病と命の宣告

仕事退職

車ぶつけられる

彼氏に女の影

精神錯乱(彼氏が)

4キロ増

 

まあザッとあげたらこんなもんだが、

人生の不幸な出来事パレードがこの4ヶ月で一気に起こったのだ。(とどめは4キロ増)

どうだ、不幸だろう。

仕事行きたくないなんて言ってる新入社員や夫がなんもしてくれないなんて言ってる主婦、わたしの前ではその少し浮ついたお口を是非慎んで頂きたい。むしろ黙れ。

 

 

聞いてください。

人生なんぞあっという間に終わるのです。

あぁもっと遊んどきゃ良かった勉強しときゃ良かったあの人と結婚していればもっと好きなことしていたら南国に生まれていたら子供産んでれば

なんてたられば言っていたら、自分が死ぬ間際後悔が走馬灯のように浮かび、わたしだったら成仏できずに地縛霊になる(もしくは誰かに憑く)

 

人間ってのは、生物のなかでも怠惰の塊のようなもので、実際自分が苦しい局面にぶち当たらないと大事なことが分からないのである。

 そのなかでも特にできねー奴は、無くなってからいなくなってから大事さが分かった(;_;)とか言ってやがる。

 

ノー天気にもほどがある。動物や昆虫だって四の五の言わず生きるために狩りやら住まい作りに勤しんでいるというのに、自分様は一体全体どのようなご身分でどのような立場から、やれタラレバタラレバ言ってんのかと呆れる。

 

あんた、タラレバ言えるのは幸せな証拠だよ。気づけ。

そうだよ、言わなくてもわかるよ、ほんの半年前の私はまさにこれだったよ。

 

 

大事なことに気づく局面ってのは、人生のうちできっと何十回もあるのだろうけど、そこできちんと気づくかどうか。

しっかり多方面から物事が見れるかどうかがその後の分かれ道だろう。

 

 

あんなことを言われて傷ついた、そんなこと言う奴はダメな奴だ、あいつありえない、あんな上司キチガイだ、

 

物事を多方面から見れず、いつも正しいのは自分だと信じこんでいるうちはきっと目の前のことが変わらない。

そのグチとか悪口が出てるうちはきっと変わらない。

 

え?だって私がそうだったから。

 

天から不幸(という贈り物)が降ってきて、小生やっと分かった次第であります。敬礼。

 

ですので、これから幸せな気持ちで生きていきたいのなら、是非とももっとまわりに目を向けて生きたらいいんじゃないのかな?と思うのであります。

それができたら今度は感謝の気持ちが浮かんでくるので、それを忘れずにすれば幸せなんではないかなと思う次第であります。

敬礼。

 

 

 

と、

自分への戒め・メッセージとして強め口調で記しました。

こんな機会でもなければ、私は自分のまわりの人たちが大事だってことに気づかなかった。

わたしを支えてくれた友人知人、

本当にありがとう。この恩は一生忘れません。本当に。

 

 

 

わたしは、タラレバが嫌いです。

たまにやる内々のタラレバ会ならまだいいけど、公にするもんじゃない。

テレビでやって流行っちゃったからなんか世の中で肯定されちゃって、

けどあれさ、

危ういよ。

 

 

考えすぎなんじゃない。流されてないだけ。

アウトプットは大事だ。

考えている事感じた事を何かしらの形にして、それを自分で眺める。場合によっては他者に見てもらう。

それだけで思考の整理ができる。

 

ただでさえ情報が溢れた現代。

独身妙齢の難しいお年頃。

それに加えて人よりアレコレ考えすぎる性格。

「悪いのは私なんかい!」

とどこにぶつければいいか分からない怒りを女友達にぶつけては叱咤され、誰も分かってくれない〜涙 と1人でふさぎ込む。

 

「考えすぎ  直す」

Google検索して同じ苦しみを抱えた人々の悲痛な叫びを読んで、私だけじゃないのだとホッと胸を撫で下ろす。

 

 

 

 

 

考えない人間は、後で沙汰される。

考えないでなんとなく人生を送るなら、ふさぎ込む程考えてその都度自分と向き合いたい。

なんなら読んでる人から共感を得たい。

 

 

損得ではなく、ただそう純粋に思う気持ちこそが結局他者まで通じるのだろうと思ってる。それは、アウトプットというモノづくりに繋がる。

自分の損得で物事を進める人はきっと後から大きくつまづく。

 

 

 

絵を描いたり写真を撮ったり。

様々なアウトプット術があるが、私は日本人ならみんなに伝わる文字を選びたい。

都度自分と向き合う時間は、忙しない世の中には必要不可欠。

 

流されたままでいいですか?

縦の軸がないなら、横の軸や斜めの軸を大事にしてみませんか?

色んな感情が渦巻いて無理して笑顔を作るんだったら、下唇噛み締めながら自分の弱い部分を具現化してみたらどうですか。

 

ブーケトス廃止希望

あれほんとにやめたほうがいいと思うの。

 

28歳。

わたしの周りで結婚式ラッシュが止まらない。今後半年間で出席する結婚式が4件ある。

そのうち、ブーケトスを廃止(または別な形で実行)してくれる式はあるだろうかと、少し期待している。

 

 

ブーケトス。

花嫁がトス(ポイ投げ)したブーケを未婚女性がキャッチする。見事キャッチできた女性は、花嫁の幸せを受け継ぎ次期結婚できるのだそうだ。

そのコンセプトにはなんの疑問もない。むしろなんてハッピーな思想だろうと思う。

 

違う。そこじゃない。

 私が疑問を呈したいのは、式場スタッフ(並びに新郎新婦の)ブーケトスの進行の仕方である。今一度考え直して欲しい。

 

・司会の女

結婚式、披露宴に必ずいる司会進行役の女。

ブーケトスが始まる時に必ず未婚女性に対して収集の呼びかけが為されるのだが、司会の女はどう考えても会場の未婚女性を見世物に仕立て上げようとしているとしか思えない。

 

「独身女性の皆様〜、次の幸せをゲットするのはあなたの番です!」

「さあ前方へお集まりくださ〜い!」

「みなさま、新婦さまに向かって大きくお手を挙げてアピールなさってくださ〜い!」

「うまくキャッチできるようにもう少し前方に寄ってくださ〜い!」

「みなさま〜、後ろにいらっしゃる方もどうぞ、前の方へいらっしゃってくださ〜い!」

 

しつこい。

一回言えばわかる。

私は20代前半の時からこのブーケトスが苦手だったので、毎回参加せずに後方でひっそりムービーを撮る役にまわるのだが、こんなに何回も言われたら遠回しに私の事言ってるとしか思えない。

そうなったら意地の張り合い。

絶対に前になんか行かない。

 

ゲストに対してストイックな式だと、ブーケをゲットした女性にインタビューまで持ちかける。

「新婦さまへのメッセージをどうぞ♪」

なんて、デリカシーのない司会のせいでゲットした(しちゃった)女性は大勢の前でとばっちりを食らう。

 

滑舌の良すぎる司会の女がはっきりとした口調で進行する事によって、ブーケトスが奇しくも見世物になってしまう。

 

 

・新郎新婦

まあ、ご本人達の晴れ舞台ですし、ご招待頂いたこちらがとやかく言う立場じゃないんでしょうけど、

 

私は、私は、ね。

予算かけなくていいから、ブーケトス省いてええんちゃうのん?と思う。

 

26歳ぐらいまでならいいのだろうが、over28からは、ゲストの立場も考えてくれると大変助かる。

だって、もう既婚者とか子供持ちとかが多い中で、キャッチする為に前方に出るのは、本当に数名だ。

 

ああ〜〜、あの子独身なんだ。

という視線を感じるし、キャッチした人って意外と二次会で、「ブーケとったよね、彼氏はいるの?」て声かけられたりするもの。

 

本人がそれ希望なら別にいいのだが。

とにかく、20代後半にもなると、ブーケトスで前方に出ると、妙に目立つ。

本当に、妙に、だ。

 

次期幸せのバトンタッチ、というのは崩さなくていいから、大勢の前で見世物にしないでほしい。

 

そこで私から提案なのだが、

引き出物の紙袋に、ブーケを受け取ってほしい本人が知らない間にそっと入れておく、とかはどうだろう。新婦の気遣いも感じられるし、受け取った本人もきっとゴクリと飲み込み無言で頷き、次期幸せをもぎ取ってくれるはずだ。

 

 

・男友達

これは例外。

この前出席した結婚式で、例によって後方で幸せを見届けていた私に、男友達が話しかけてきた。

 

「前行かないの?」

「う〜ん、私はいいや。ムービー撮ってるよ。」

「高みの見物だなw」

「え?」

「安定した彼氏がいるから私は焦ってません、ってことでしょ?下々の者〜〜って目してるよw」

 

笑ってやり過ごすしか、この場を乗り切る術は私にはなかった。

この男友達がひねくれているというのもあるが、長年付き合っている彼氏がいてブーケトスに参加しないとこんな風に見られるのかと、カルチャーショックとも言うべきか、悔しいやらみじめやら、下唇を噛み締めながら苦笑いするしかなかった。

 

結婚はまだしたくないからブーケトスには参加しなくていいかな、というのをめでたい場でバカ正直に出さんでもええがな、って思ったんでしょうね。

イヤミで頭にきたけど、確かにここはキラキラ女子に紛れて前方に出て行くのが正しい空気の読み方なのだろう。

こういうところで正直になるのは良くないなと、悔しいけど少し反省した。

 

 

 

 

何が正しいのでしょうか。

如何なる時も、自分に正直な私がいけないのでしょうか。

めでたい場では、その正直さは見て見ぬフリをするべきなのでしょうか。

 

というか、幸せなこの儀式に疑問を呈する私がこじれているのでしょうか。

 

友人の門出は心から祝ってやりたい。

そこに一点の曇りもない。

本当におめでとう!私も幸せになりたい!って思うのだけど、ブーケトスのおかげで一旦黒い自分が垣間見えるからキツイ。

 

そうだ、ブーケトスが苦手な理由は、

白い場でも黒い自分と向き合わなければいけないからなのだ。

 次に行く結婚式は、ブーケトスに参加してみようかな。