ブーケトス廃止希望
あれほんとにやめたほうがいいと思うの。
28歳。
わたしの周りで結婚式ラッシュが止まらない。今後半年間で出席する結婚式が4件ある。
そのうち、ブーケトスを廃止(または別な形で実行)してくれる式はあるだろうかと、少し期待している。
ブーケトス。
花嫁がトス(ポイ投げ)したブーケを未婚女性がキャッチする。見事キャッチできた女性は、花嫁の幸せを受け継ぎ次期結婚できるのだそうだ。
そのコンセプトにはなんの疑問もない。むしろなんてハッピーな思想だろうと思う。
違う。そこじゃない。
私が疑問を呈したいのは、式場スタッフ(並びに新郎新婦の)ブーケトスの進行の仕方である。今一度考え直して欲しい。
・司会の女
結婚式、披露宴に必ずいる司会進行役の女。
ブーケトスが始まる時に必ず未婚女性に対して収集の呼びかけが為されるのだが、司会の女はどう考えても会場の未婚女性を見世物に仕立て上げようとしているとしか思えない。
「独身女性の皆様〜、次の幸せをゲットするのはあなたの番です!」
「さあ前方へお集まりくださ〜い!」
「みなさま、新婦さまに向かって大きくお手を挙げてアピールなさってくださ〜い!」
「うまくキャッチできるようにもう少し前方に寄ってくださ〜い!」
「みなさま〜、後ろにいらっしゃる方もどうぞ、前の方へいらっしゃってくださ〜い!」
しつこい。
一回言えばわかる。
私は20代前半の時からこのブーケトスが苦手だったので、毎回参加せずに後方でひっそりムービーを撮る役にまわるのだが、こんなに何回も言われたら遠回しに私の事言ってるとしか思えない。
そうなったら意地の張り合い。
絶対に前になんか行かない。
ゲストに対してストイックな式だと、ブーケをゲットした女性にインタビューまで持ちかける。
「新婦さまへのメッセージをどうぞ♪」
なんて、デリカシーのない司会のせいでゲットした(しちゃった)女性は大勢の前でとばっちりを食らう。
滑舌の良すぎる司会の女がはっきりとした口調で進行する事によって、ブーケトスが奇しくも見世物になってしまう。
・新郎新婦
まあ、ご本人達の晴れ舞台ですし、ご招待頂いたこちらがとやかく言う立場じゃないんでしょうけど、
私は、私は、ね。
予算かけなくていいから、ブーケトス省いてええんちゃうのん?と思う。
26歳ぐらいまでならいいのだろうが、over28からは、ゲストの立場も考えてくれると大変助かる。
だって、もう既婚者とか子供持ちとかが多い中で、キャッチする為に前方に出るのは、本当に数名だ。
ああ〜〜、あの子独身なんだ。
という視線を感じるし、キャッチした人って意外と二次会で、「ブーケとったよね、彼氏はいるの?」て声かけられたりするもの。
本人がそれ希望なら別にいいのだが。
とにかく、20代後半にもなると、ブーケトスで前方に出ると、妙に目立つ。
本当に、妙に、だ。
次期幸せのバトンタッチ、というのは崩さなくていいから、大勢の前で見世物にしないでほしい。
そこで私から提案なのだが、
引き出物の紙袋に、ブーケを受け取ってほしい本人が知らない間にそっと入れておく、とかはどうだろう。新婦の気遣いも感じられるし、受け取った本人もきっとゴクリと飲み込み無言で頷き、次期幸せをもぎ取ってくれるはずだ。
・男友達
これは例外。
この前出席した結婚式で、例によって後方で幸せを見届けていた私に、男友達が話しかけてきた。
「前行かないの?」
「う〜ん、私はいいや。ムービー撮ってるよ。」
「高みの見物だなw」
「え?」
「安定した彼氏がいるから私は焦ってません、ってことでしょ?下々の者〜〜って目してるよw」
笑ってやり過ごすしか、この場を乗り切る術は私にはなかった。
この男友達がひねくれているというのもあるが、長年付き合っている彼氏がいてブーケトスに参加しないとこんな風に見られるのかと、カルチャーショックとも言うべきか、悔しいやらみじめやら、下唇を噛み締めながら苦笑いするしかなかった。
結婚はまだしたくないからブーケトスには参加しなくていいかな、というのをめでたい場でバカ正直に出さんでもええがな、って思ったんでしょうね。
イヤミで頭にきたけど、確かにここはキラキラ女子に紛れて前方に出て行くのが正しい空気の読み方なのだろう。
こういうところで正直になるのは良くないなと、悔しいけど少し反省した。
何が正しいのでしょうか。
如何なる時も、自分に正直な私がいけないのでしょうか。
めでたい場では、その正直さは見て見ぬフリをするべきなのでしょうか。
というか、幸せなこの儀式に疑問を呈する私がこじれているのでしょうか。
友人の門出は心から祝ってやりたい。
そこに一点の曇りもない。
本当におめでとう!私も幸せになりたい!って思うのだけど、ブーケトスのおかげで一旦黒い自分が垣間見えるからキツイ。
そうだ、ブーケトスが苦手な理由は、
白い場でも黒い自分と向き合わなければいけないからなのだ。
次に行く結婚式は、ブーケトスに参加してみようかな。
アパレルやってるけど、ユニクロを崇拝している(その2)
ユニクロへの愛を一つのブログにまとめることなんてできませんでした。
2つ目のブログを書かせてください。
一つ目はこちらから
Googleで「ユニクロ」を検索すると、ユニクロでお洒落にコーディネートなさっている奥様方のブログがたくさん出てくる。小物とのコーディネートを楽しんでいたり、メンズのニットを袖捲りしてこなれ感を出したりなど、本当にみなさん上手に着こなしていて感心する。あっぱれ。上から目線に感じたらすいません、そんなことはない、陰ながら勝手に同志を感じているのです。
フォトジェニックなユニクロはそちらに任せ、こちらはつらつらと溢れる想いを文字に起こそうと思う。
・ビバSPA
ユニクロを語る上でスルーできないのが、あの低価格である。まあ正直、3回ぐらい着ただけで毛玉ができる商品ももちろんあるが、でも基本的にあのクオリティがあの価格って安くない?例えばヒートテックなんかは、感謝祭を狙って買えばたったの990円だ。10月下旬〜4月あたりまで私は必ず毎日着用しているし、これに関しては洗濯を何度繰り返しても生地がしっかりしている。数年前からは「極暖」なるラインも登場した。これが本当に暖かい。初詣やどんと祭(知ってる?)の必需品である。ヒートテックの素晴らしい所は、下着として売り出すことはせず、あくまで「インナー」として売り出していることだ。
私の記憶する限り、暖かく発熱する素材というものは結構前から世の中に出回っていたはずだ。うちのお洒落おばばがその素材のババシャツとモモヒキを着用していたのを覚えている。しかしマジなババシャツだったから着る層は限られ、実際中年の母でさえそのうすら寝ぼけたベージュのババシャツを着るのを拒んでいたぐらいの見た目だった。
対してヒートテックはインナーと銘打っているだけあり、例えその上からジャケットやパーカーを羽織っただけでも全然普通だし、何より袖丈が少し短い仕上がりになっているので上に着た服の袖口から見えちゃうなんて心配もいらない。一体、日本国民の何割がヒートテックを持っているのだろう。私のように一人で数枚所持している者も少なくないだろうと予想している。
インナーひとつとっても、ここまでのこだわりようと、顧客満足度。ユニクロには他にも多数のアイテムが存在するが、どうして一つにつきここまで注力できるのだろう。
答えはSPA(製造小売業)。メーカー→卸→小売りという往来の流れではなく、ユニクロで売っているものは全てユニクロが作っている。品質や価格をメーカーや卸などの他人任せにするのではなく、商品に責任や自信を持って作り出し、販売しているからこそ打ち出せる低価格なのだ。
いちアパレル販売員の私の意見だが、例えばお客様から商品の苦情を受けたとする。私たち販売員は、表面上は謝罪をしても実際には商品に関して責任を取るわけではない、お店としてのお客様対応はできるが商品に関してはできることには限りがある。最終的には作ったのはメーカーだし、で済ませてしまう部分もあるだろう。しかし消費者にとってそんないきさつは関係ない。
ユニクロは全てを手がけているから低価格で提供でき、自社で作っているから責任を持って商品対応ができるし、そんな姿勢が消費者に伝わるからこそ長年支持され続けるのではないだろうか。
ていうか極論、モノを売るってそういう姿勢をとるべきだよね。
・感じるぞ、愛
ユニクロに買い物に行った時、例え店舗型でもテナント型でも共通して目につくのは店員がハツラツと働く姿だ。いらっしゃいませの声出しはもちろん、〇〇がお得です、などの呼びかけが徹底されていて広い店内を回遊する際にとてもわかりやすい。
私この前、大型店に行った時によくよく観察してみたのだが、あの声出し、多分きちんと役割分担されている。大型店だったから店員が多かったのだが、むやみやたらと全員声出ししているのではなく、各売り場に配属されている一人または二人ぐらいが商品整理をしながら集中的に声出しをしている。多すぎる店員がみんな声を張り上げていて、なんだか居心地が悪いしうるせーなと感じてすぐに店を出ちゃった経験、ないですか?多分あれは的確な仕事の指示出しがされていないからスタッフとしてはとりあえず声出しするしかないのだと思うのだけど、ユニクロのように、声を出しながら整理する人、お客様対応する人、ミシンをやる人、レジの人、それぞれが自分の役割を与えられてそれを全うしているからお客としてもわかりやすいし、それにきっと店員としてもやりがいあるよね。
あとはレジ。週末なんかは集客が多いから必然とレジは長蛇の列になるのだけれど、並んでいる間に店員さんのレジさばきに見惚れること、ない?あれマジでプロの域。私もアパレルだからわかるけど、レジで服畳んで袋に入れるのって結構時間かかんねん。「タグ全部切って」なんて言ってくるおばちゃんもいるしさ。しかもユニクロってまとめ買いが多いと思うんだけど、無駄な動き一つせず素早く畳んでくれるからたくさん買ってもレジで時間を費やしたりなんてことはない。それに、まとめ買いのレジは会計の人、お包みの人というように二人で裁く店が多いのだが、ユニクロは基本一人。なのにあの早さ。そして、袋の口に止めてくれたテープも、後からお客が開けやすいようにテープの先を少し折り曲げてくれる。素晴らしくない?入店してから家に帰って開封するまで全てにCSが詰め込まれてる。そんな服屋、素晴らしくない?服屋だよ、服屋。
それもこれも、ユニクロで働く一人一人がきちんとした自覚を持って取り組んでいる賜物だと思う。自分のやるべきこと、どうしてこうしなきゃいけないかという理由、ユニクロとしての自信、そういうのが、管理職止まりにならずにちゃんと末端スタッフまで浸透しているってすごいことだと思う。私もアパレルで店長職をしていたことがあるからわかるけど、スタッフにその精神を持ち続けてもらうようにするのって、すごい大変なんだよ。例えマニュアル化されていたとしても、手を抜くスタッフだっているしさ。
・もはや一人勝ち
モノが溢れかえった時代。情報が洪水している時代。
この世の中のほとんどのモノは、無くても多分生きていけるもの。
そういう世の中で支持され続けるものって、一体なんなのか。モノをたくさん所有している消費者が、それでも欲しいと思うものってなんなのか。
私は、売る側が「これすごいんです。いいものなんです。」と信じて売っているものだと思う。自分たちが自信を持っていいものを売っているという確信が、現場の店長や末端スタッフにまで浸透しているもの。
その気持ちって絶対に消費者に伝わるし、逆に言うとその精神がお客様と接する現場スタッフに浸透していないと、絶対に売れない。消費者って、シビアだからね。
ユニクロが長年支持され続ける理由って、そこなんじゃないかな。ユニクロのこのアイテムは、こうだからとてもいいんだ、または、この価格だからちょうどいいんだ、という理由を消費者一人一人が持っているから売れ続ける。
安かろう悪かろうの時代はもう終わったって、アパレル販売員の私は思ってる。
消費者が選択できる時代に、儲けばかり考えずいかに消費者目線でモノを作り続けられるか。それができる店は、きっとこれからも支持され続けるんだろうな(上から目線)
ユニクロ、愛してる。
アパレルやってるけど、ユニクロを崇拝している(その1)
ユニクロが好きだ。
いや、大好きだ。
もう服は全部ユニクロでいいって割と本気で思ってるから、もはや偏愛と言ってもいい。これを書いている今もインナーとスカートはユニクロのものを着用している。きっとあなたも今日のお召し物の1ないし2アイテムぐらいはユニクロでお買い上げではないですか?
今日は、私のブログを読んでくださる皆様にユニクロの素晴らしさを熱く伝えたい。尚、完全に私の主観で語るので、異論は控えてもらえるとユニクロ狂として大変嬉しい。
ユニクロ、LIFE WEAR
よく言ったもんだ。本当に素晴らしいと思う。この8文字にユニクロのすべてが詰まっている。ここまで老若男女様々な客層に支持される服屋が他にあるだろうか。たとえ老人と若人が同じ服を着ていても何の違和感もない。極寒の地に住む人も、亜熱帯の地に住む人も、同じ店で服を買える。さりげなくトレンドを落とし込み、豊富なカラー展開の中には必ず自分に似合う色がある。素晴らしいと思いませんか?
・LIFE WEAR
1日中家にいるぞと決めた休日。今日指定日にしていた宅急便があったんだとピンポンを聞いてから思い出す。やべ、忘れてた。あー、甘いもの食べたいからちょっとローソン行ってこよう。ブラトップは、そんな休日を過ごす女性に軽やかな自由を与えた。
最近ロードバイクにハマっている。この街にこんなに坂があるなんて、車を運転している時には気づかなかった。夢中で登りきった坂の上から見える街はなんだか小さく見えた。俺、まだやれる。エアリズムは、そんな不屈な男性の汗を空気にした。
今日着ているジャケットは大事なプレゼンのために購入したもの。最近通勤中寒くなってきたけど、シルエットが綺麗だからできるだけ重ね着したくない。それに手首までしっかり袖丈があるババシャツを着たら、ジャケットの袖からチラッと見えちゃうじゃない。ヒートテックは、そんなスマートな女性の見えない味方になった。
週に2回のお見舞いが、今の仕事。長年連れ添った妻が入院してからやっと、自分の未熟さに気づいた。病院は乾燥するし寒い。勝手に室温を上げると看護婦さんに怒られちゃうからさ。洗濯ぐらいは自分でできるようになったぞ。これはすぐ乾くから母さんの分も頻繁に洗ってやれる。フリースは、そんな愛に溢れる高齢者にそっと寄り添う。
ユニクロ狂の私は、これを書きながらグッときている。自分で書きながら自分で感動している。なんだろう、ユニクロの服って、自分の生活スタイルや自分なりのセンスで着回しがきいて、それでいてカジュアルでもキレイめでも着られて、元々持っていた服とかブランド品とも合わせられて、低価格なのに値段以上の価値を感じるのである。
着る場面、着方、それらを消費者に委ねているから長年支持されるのだろう。
・まずスキニー
そんな私が一体何をきっかけにこれほどまでのユニクロ狂になったのかと言えば、忘れもしない。始まりは、スキニーなのです。
あれは私がまだ中高生だった頃。
巷ではスキニージーンズなるものが流行りだし、タイトなジーンズにねじ込む私という戦うボディを、世の女性たちは太ももから足首まで肌に沿うようなシルエットのスキニージーンズをもって表現していた。
当時、ファッション雑誌を隅から隅まで読み漁っていた私は崇拝するモデルが着用しているスキニーは一体どこで手に入るのか、雑誌の後ろの方にある掲載商品取り扱いショップリストページを見ては、毎月肩を落としていた。今のようにネットでポチりできる時代じゃなかったから、結局東京に行かないと手に入らない。地方に生まれた私は自分を呪うしかなかった。しかも雑誌に掲載されている商品はどれもこれも高い。私のお小遣いじゃ到底手が出なかったし、親に「スキニー欲しいよ」って言ったところで「スキニーって何」だし、それに小娘のピチピチジーンズに大枚出せるほどの家庭でもなかった。
そんな折、週末の折り込みチラシを見ていた私の目に入ってきたのは、まさに私が恋い焦がれ憧れに胸を膨らませたスキニーだった。
ユニクロで、売ってるらしい。
夢にまでみたスキニージーンズが、家からそう遠く無いユニクロで売ってるらしい。
店内の後方に位置していたスキニー売り場の前に立った高揚を、今でも覚えている。雑誌で見たのは全部1万円以上したのに、ここに置いてあるのは3990円。私でも頑張れば買えちゃう。お小遣いで買えるのは1着だけど、母に急かされながらも、どれにしようどの色にしようと悩みに悩み、購入したのはスタンダードなブラックジーンズ。
覚えてる。覚えてるよ。古着屋で買ったレトロなフリルシャツに、あえて甘辛MIXで合わせるという、教科書(ファッション雑誌)で見た公式を自分自身に当てはめたかったからブラックを買ったんだ。
思い出したら当時の気持ちが蘇ってきて泣きそうだよ。
全身プリクラにスキニーが写り、後でプリ帳を見ながらそのシルエットに自らうっとりしたし、
ブーツカットを履いている友達から受ける羨望の眼差しも心地よかったし、
スキニーちゃんのために脚やせに励んだ日もあった。
結局、履きに履きまくりバイト用のズボンに格下げになるまで、私はそのスキニーを愛用した。多分、ほぼ私の皮膚になってくれていた。
・ユニクロへの感謝
「ファッションは高価なもの」と教科書で教えられた当時の私に、選ぶ楽しさをプレゼントしてくれた。地方に住んでいる小娘にも、気軽にトレンドを纏う喜びを教えてくれた。どこか高い所にあって憧れるもの、自分とは別の世界のもの、という「ファッション」の存在がユニクロのおかげで身近になった。自分がファッションに近づいたというよりは、ユニクロがあるおかげでファッションが自分目線に下りてきてくれた、という言い方の方が合っているかもしれない。
かくして、私のお洋服人生はユニクロのおかげで現在進行形で豊かなものになっている。この前買った大きめのイヤリングを主役にしたいから、まさにこれからユニクロでそれに合うセーターを見てこようかと思っている。アラサーになった今でも、私にとってユニクロはひっそりと佇む名脇役。組み合わせた時に出来上がる自分だけのファッションに、今でも高揚し続けている。
その2に続く。